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料理が語る歴史のひとこま

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 1980年代以降、「フランス料理の帝王」と呼ばれたポール・ボキューズ。彼が残した功績はフランス料理史に特筆されるだろう。先頃、87年にボキューズが発起人となった「ボキューズ・ドール国際料理コンクール」のドキュメンタリー映画が公開された。世界一を目指す料理人がリヨンで2年に1度開催される美食のオリンピックで、技術とプライドを懸けた戦いを追った熱いドラマである。このコンクールもボキューズが残した遺産のひとつだ。
 今日、私たちが食べているフランス料理の原型は、ボキューズが旗頭になりフランス全土を巻きこんだヌーヴェル・キュイジーヌ・フランセーズにある。伝統的な料理から決別するように新鮮な素材や洗練された軽いソース、微妙な加熱処理の工夫や大食から適食へというダイエット志向など、大胆でドラスティックな改革が進められた。当時、大衆化社会がフランスに出現するという時代の新しい流れも味方した。この料理改革運動は旧弊なフランス料理を根本的に変革しただけではなく、食べ手の意識や食環境を大きく変えたという意味でもフランス料理史に深い刻印を残している。後世の研究者によって20世紀のフランス料理はヌーヴェル以前以降に分類されるだろう。
 台頭するヌーヴェル・キュイジーヌの中心人物だったボキューズは、一群の意欲的なシェフと共に集団指導体制を敷いた。彼らシェフとエスコフィエを繋いだ人物がフェルナン・ポワンである。ポワンはエスコフィエが進めた料理革新の流れが、5、60年代に入ると急速に形骸化していくことに危機感を覚え、エスコフィエのスピリッツに戻ることを提唱する。そしてポワンの薫陶を受けたシェフはその後、ミシュランの3ツ星の3分の1を占めるという快挙を成し遂げる。
 ポワン派の優等生だったボキューズが提唱したのが「市場の料理」という考え方である。すなわち、料理人にとって最重要なことは誰よりも早く市場に行き、地方から到着した素材を選別・入手し、その素材を使って美味しい料理を作ることだ。そのアピールは瞬く間にヌーヴェル・キュイジーヌとなってフランス全土に響き、ボキューズの名前は国際的に喧伝される。
 この40年、ヌーヴェル以降のフランス料理の潮流は家庭料理や地方料理、カリフォルニア料理やイタリア料理、さらにスシブームなどのアジアンテイストから昨今の素材中心主義へと目まぐるしく展開した。考えてみれば、素材の新鮮さに注目するという考え方はヌーヴェル・キュイジーヌに端を発している。やがてボキューズの影響下からロブションやデュカスなどの俊才が登場するが、フランス料理界の中心にいたのは常にボキューズだ。彼は歴史上初めてフランス語の料理書を書いたタイユヴァン、素材のために自ら命を絶ったヴァテル、19世紀を代表する偉大なカレーム、近代フランス料理を確立したエスコフィエらの系譜に連なるグラン・シェフである。
 さて、ボキューズが辻調理師専門学校に招かれて初来日したのが72年。本国で話題沸騰中のヌーヴェル・キュイジーヌの技術と理論を駆使した彼の研修会は、日本のフランス料理界に衝撃をもたらした。すでに一家を成していたホテルオークラ総料理長の小野正吉も駆けつけた。ここにおいて日仏料理交流は本格的にスタートしたのである。  



宇田川 悟●作家
1947年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。フランスの社会・文化・食文化に詳しい。ブルゴーニュワインの騎士団、シャンパーニュ騎士団、コマンドリー・ド・ボルドー、フランスチーズ鑑評騎士の会などに叙任。著書に、『食はフランスに在り』(小学館ライブラリー)、『ヨーロッパワインの旅』(ちくま文庫)、『フランス美味の職人たち』(新潮社)、『フレンチの達人たち』(幻冬舎文庫)、『VANストーリーズー石津謙介とアイビーの時代』(集英社新書)、『吉本隆明「食」を語る』(朝日文庫)、『書斎の達人』(河出書房新社)、『超シャンパン入門』『東京フレンチ興亡史-日本の西洋料理を支えた料理人たち』(共に角川oneテーマ21)など多数。訳書に、『旅人たちの食卓-近世ヨーロッパ美食紀行』『フランス料理と美食文学』(共に平凡社)ほか。


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