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料理が語る歴史のひとこま

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 フランソワ・ヴァテル(1631-1671年) 
 今から340年ほど前、食材のせいで自殺したフランスの料理人がいる。彼の名はフランソワ・ヴァテル。フランス料理史上、素材が不足したために自ら命を絶った有名な料理人は唯一、ヴァテルだけだろう。世に名高いヴァテルの自殺は、ルイ14世のために開かれた豪華な祝宴に素材が到着しなかったことが原因である。発注していた海の幸が届かなかったために胸に剣を刺した。
 時は1671年4月。ヴェルサイユ宮殿で絢爛豪華な宮廷生活を送るルイ14世は、大貴族コンデ公に招かれてシャンティイ城に到着する。宮殿から500人を超える廷臣や貴族を引き連れてやって来た王のために、3日間の大饗宴が幕を開けた。その宴席の全責任を任されたのがヴァテル。当時の彼は料理人としてよく知られていたが、同時にコンデ公に使える執事だった。従って、祝宴の料理メニューを考えるだけでなく、テーブルアートやイベントを執り行うプロジェクトの責任者として采配を振るわなければならなかった。
 当時の執事の仕事は食卓から厩までその家全般に及び、名門貴族ともなればその範囲はさらに広がる。食料の調達にしても年間必要なものを常に用意していた。パン、牛肉、鶏肉、鮮魚、干し魚、塩漬け魚、果物、四季の野菜などのほかにアルコール類も含まれる。日常の食卓から王侯貴族を招く祝宴までをまかなうために完備された。
 ルイ14世の祝宴は当時の資料によれば、「あまりに美しく、あまりに荘厳で、一幅の絵を描いて歴史にとどめずにはいられない。(略)世界一の君主のために捧げられた最も優雅な、最も見事なものの一つ」と絶賛された。食卓には贅を尽くした料理が並び、祝宴を盛り上げるために4000発もの花火が打ち上げられ、王の好きなバレエやオペラが演じられた。食の祝祭空間を現出させるために、この世のものとは思えない壮麗な一大スペクタクルが演出されたのだ。それらをすべて取り仕切ったのがヴァテルで、歴史的な饗宴を完璧に仕切る現場監督にして総合プロデューサーだったわけだ。
 しかし悲劇は起こる。厨房では美味しい料理を作るための素材が不足していたり、業者を脅して素材を買いあさり、あれこれ工夫しながら綱渡り状態が続いていた。そして祝宴の最終日、各地の港に発注していた魚介類が嵐のせいで届かなかった。その知らせを受けたヴァテルは絶望のあまり自殺する。やがて嵐を見越して別の港に発注していた魚が彼の死の直後に到着して、助手たちによって料理は完成した。
 その後、彼の自殺は賛否両論を巻き起こす。書簡文学で知られるセヴィニエ夫人が賞賛する一方、文豪デュマは「涼しい場所に置くか氷の上に並べておけば3、4日は魚を保存できる」と融通の利かない几帳面な性格を非難する。ともあれ素材で命を絶ったヴァテルは、悲劇の天才料理人として永遠に語り継がれることになる。



宇田川 悟●作家
1947年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。フランスの社会・文化・食文化に詳しい。ブルゴーニュワインの騎士団、シャンパーニュ騎士団、コマンドリー・ド・ボルドー、フランスチーズ鑑評騎士の会などに叙任。著書に、『食はフランスに在り』(小学館ライブラリー)、『ヨーロッパワインの旅』(ちくま文庫)、『フランス美味の職人たち』(新潮社)、『フレンチの達人たち』(幻冬舎文庫)、『VANストーリーズー石津謙介とアイビーの時代』(集英社新書)、『吉本隆明「食」を語る』(朝日文庫)、『書斎の達人』(河出書房新社)、『超シャンパン入門』『東京フレンチ興亡史-日本の西洋料理を支えた料理人たち』(共に角川oneテーマ21)など多数。訳書に、『旅人たちの食卓-近世ヨーロッパ美食紀行』『フランス料理と美食文学』(共に平凡社)ほか。


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